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5 闇の城

Auteur: 内藤晴人
last update Dernière mise à jour: 2025-06-06 18:30:00

 長い階段を昇り切ると、唐突に視界が開けた。

 薄暗がりに慣れた目には、昼下がりの日差しはあまりにも眩しく、アウロラは思わず目を細める。

「これが吾の居城……闇の城だ。さして面白いものがあるという訳ではないが」

 ベヌスが指差す方に視線を向けると、そこにはその言葉通り灰色の城があった。

 神殿に来る途中に遠目には見たが、間近に見るそれはアウロラにとって今まで見たことのないほど大きく立派な建造物だった。

 言葉もなく城の尖塔を見上げるアウロラに、ベヌスは柔らかく微笑む。

「吾には過ぎた代物だ。さりとて王たるもの示しがつかぬと皆が言うのでな」

 正直、持て余している状態だ。

 そう言うべヌスに、アウロラは驚いたように数度瞬いた。

「城内へ参るぞ。吾から離れるな」

「かしこまりました」

 僅かに会釈すると、アウロラはべヌスに従って歩き出す。

 そして、城内に招き入れられたアウロラは、初めて見る光景に言葉もなかった。

 余計な装飾が一切ない、質実剛健そのままの城の内部、それはまるでべヌスの性格を表しているようでもあった。

「右手にあるのが謁見の間、その脇に控えの間。そして奥にあるのが晩餐のための広間……もっとも客人など滅多に訪れぬから、使うことも稀だが」

 さして面白く無さそうに説明するべヌス。

 対してアウロラは逐一足を止め、興味深げに眺めやる。

「上の階には吾の居室と執務の間、他客間がある。向こうの離れには、城を守る近衛兵が詰めておる。其方も見るか?」

「……いいえ。身分卑しきわたくしが城内に入れるだけでも破格のことですのに……」

 顔を伏せ、遠慮がちに言うアウロラに、べヌスが何か言おうとした、その時だった。

「兄上、探しましたぞ! 政務が溜まっているというのに、何をしておられるのです?」

 背後からの声に、べヌスはわずかに肩をすくめる。

 そして、緩く波打つ黒髪をかき上げながら溜息をつく。

「吾がするより、其方に任せ
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